欲望と罪悪感
「欲望」と思った瞬間、「思ってはいけないことを思ってしまっている」というような罪悪感を私は感じてしまいます。
「お金が欲しい!」とか「異性からモテたい」などと思った日には「なんて自分は穢れた存在なんだ」と薄汚れた気持ちになってしまいます。私は聖人君子からははるか遠く離れた存在であるにも関わらず、「欲望なんて持ってはいけない」となって、私の中の欲望を打ち消したくなる。
これが私の欲望に対する罪悪感ですね。
側頭頭頂接合部(推測脳)が働いて、「お母さんだったら、こんな欲望を持った私を気持ち悪いと思っているに違いない」というヒューリスティックが罪悪感を生み出しているわけです。
私が年頃になって、大人の雑誌をこそこそ読んでいたら、母親から「気持ち悪い!あんたのおじいちゃんに言いつけてやる!」と言われて、私は顔が真っ青になったことがありました。
この経験から「欲を持ったら気持ち悪い人になる」というヒューリスティックが人の視線を感じた時に自動的に働くようになっています。
すると、大人になって魅力的な人と会話をするときに「顔が真っ赤になってめちゃくちゃ緊張する」となってしまうのは、推測脳が働いて「欲望を持っている私は相手から軽蔑されている」となってしまうから。
「お金が欲しい」という金銭欲も母親から「あんたはお金を無駄に使って!」とものすごく嫌な顔をされていました。
子供の頃に「学校で使うノートを買いたい」と言っても母親に「あんたはどうせお金を無駄にする」と言われて、お金を出すのをしぶられてしまいます。少ないお小遣いを貯めて自分の好きなものを買いたい、と母親に許可を取ろうとすると「そんなくだらないことにお金を使って」とものすごく嫌な顔をされてしまう。
そんな経験から「お金が欲しい」と思った瞬間に、母親のあの嫌な顔が条件づけられているので「私は意地汚いダメ人間だ」と金銭欲に罪悪感が伴うようになってしまうわけです。
厄介なことに、普段は「私は金銭欲に罪悪感を持っている」なんてことを自覚することができません。
いつも私は「お金がない、お金がない」と悩んでいる感覚しかありません。お金がないのは「この国の景気が悪いから」とか「世界情勢のせい」と思っています。
でも、私の心の中を掘り下げてみると「お金がない」という私の中の醜い金銭欲があるからちっとも私にはお金が貯まらないんだ、と自分の金銭欲への罪悪感がちゃんと存在しています。そして「お金がないと言いながら自分が貪欲で無駄遣いをして余計なものを買ってしまうからお金がちっとも貯まらない」と自分の欲に罪悪感を感じているわけです。
そうなんです、私はこの罪悪感のために気持ちよくお金を使ったことがないから、余計に「どんどんお金が無駄に消えていく」となっていて「お金がない」という負のループから抜け出すことができなくなってしまうんです。
食欲なんかにも私は罪悪感を感じていて、レストランで人が食べているものを「美味しそう」と相手のものを欲しがる自分に対してものすごく「恥ずかしい」という感覚が湧きます。
友達と食事をしていて、友達から「おい!これ、美味しいから食べてみる?」と聞かれた時に「いや、私はいい」と断ってしまうのは、相手の食べものを欲しがっている私は恥ずかしい、と思っているから。そして、家に帰って一人になった時に「ポテトチップスを食べるのが止まらない!」となって「また、やってしまった!」と後悔してしまうんです。
そうなんです!欲望に罪悪感があると、欲望は暴走してしまうんです。
暴走してコントロールできなくなった欲望に対してさらに罪悪感を感じてしまい、人前でその欲望を出さないように抑えてしまうので、ますます一人になった時に欲望が暴走してコントロールが効かなくなって罪悪感に塗れてしまう、という悪循環になっていました。
罪悪感で欲望が暴走してしまうのは、罪悪感を感じて「欲望」というグルタミン酸の神経の興奮をGABAの抑制性のニューロンで一生懸命に抑えているから。
罪悪感でGABAを酷使して興奮を抑制していると、GABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまい「興奮が抑えられない」という状態になって欲望のコントロールができない、となっている(あくまでもナラティブで書いています)。
そして、人前でこの欲望をコントロールするために「罪悪感」でGABAの抑制性ニューロンを活発にする必要があるから「欲望に対して罪悪感がある」となって、このループから抜け出すことが難しくなるわけです。