金銭欲で、心を安らかにしてみる
私は「お金」というキーワードで簡単に推測脳のスイッチが入ってしまいます。
こんなに真面目に真剣に仕事をやっているのに「お金が全く入ってこない」と私は思ってしまいます(あはは〜!)。この時に私は「あの人はちゃんと働いていない」という人と自分を比べて推測脳で相手の気持ちを想像して「真面目に仕事をしていないのに私よりもお金をもらっている」と思ってしまう。そもそも「真面目で真剣に仕事をしていたら、ちゃんと仕事を評価してもらえてお金持ちになれる」って思ってしまうのが推測脳ですね。
「ちゃんと仕事をしているんだから、上司やお客さんはちゃんと私を評価してくれるはず」と推測脳が働いてしまう。「みんな自己肯定感が低い」と思ってみると、確かに自己肯定感が高けりゃ人のことを高評価できるけど、低かったら無理だよね!とわかって「本当にみんな自己肯定感が低いんだ!」という現実が見えてきます。
そもそも、自己肯定感が高かったら、ありのままの自分を価値ある存在として認められるから、自分自身にも他人にも「良い」とか「悪い」っていう評価が存在しないのよね。
人の視線を感じた時に「良い」とか「悪い」などの判断をされているような気がしたら「みんな自己肯定感が低いのよね」と思ってみると、推測脳がオフになって「人目が気にならなくなったかも!」で心が安らいでいく。
私が「真面目に真剣に仕事をする」と思って頑張っているのが「お金がない」とつながって私の心を乱しているなんて思ってもみませんでした。心を乱されるのは「不真面目な人たちに奪われる」という感覚になるから。仕事をしていて私は真面目にやっているのに、不真面目な人と給料は一緒。そして、不真面目な人の方が上司から評価されて出世したりするから「こんなに真面目にやっている私のチャンスを奪われた」と感じたことがなん度もあります。私は一生懸命に努力したのを不真面目な人たちに搾取される感覚があります。
そう!私は真面目に真剣にやっている、と思えば思うほど「私と比べたら周りの人は不真面目」に思えてしまう。この「相手が私と比べて不真面目」というのが推測脳なんですよね。推測脳が働くと「不真面目な人は私を利用して美味しい思いをしている」と推測してしまい「相手に私の美徳を奪われた!」と私は悔しさを感じて心が乱されていきます。
「みんな自己肯定感が低いんだ」と思ってみると「真面目に真剣にならなきゃ」という感覚がなくなっていきます。「手を抜こう」とか「良い加減にやろう」などの感覚とはちょっと違っていて「欲」に忠実になる感覚。そう、子供の頃にニニロッソの「夜空のトランペット」を聞いて「銀色のトランペットが欲しい!」と思って、一生懸命にお手伝いをしたりお小遣いを貯めたあの時の感覚。母親に評価されるためにお手伝いをするのではなくて「トランペットが欲しい」からお手伝いをする方が推測脳は働かなくて心が安らいでいた。
母親から評価してもらうため、と思ってお手伝いをしようとしていた時は、真面目に真剣にやらなきゃ、と思って手伝っているとお皿を割ってしまっていたな〜。
「母親がどう私のことを評価するか」を気にしてしまうと推測脳が働いて「また母親からちゃんと皿が洗えていないとダメ出しをされている」で緊張して手が硬直し皿を落としてしまった。欲にまみれて「トランペットが欲しい」で皿を洗っていると、推測脳が働かなくて緊張フリーでテキパキと仕事ができていたな〜。
あら!そんなことを振り返ってみると「私は真面目に真剣に仕事をやっている」と人の目を気にしている時って、推測脳が働いていてダメ出しがバンバン頭の中に湧いているから緊張し、欲にまみれている時のようにはうまくパフォーマンスが発揮されないのかも。
いや、自分では真面目に真剣に完璧にやっているつもりだったけど、人目を気にして私って余計なことばかりやっていたかも。私の推測脳が働いて「人から自分の功績を奪われる」と思って焦ってやっていたからおかしなことになっていた。
私の中の欲を適度に燃やして、その優しい炎で手を温め、心安らぎながら目の前のことをする喜びが感じられる。