「苦手」は、本当に苦手だったの?
最近私は「体重が急激に増えた!」と体重計に乗ってびっくり!!やば〜い!となって「食事制限をしなきゃ」と思うわけです。
「高カロリーのものを食べないようにしよう」と食事の時に気をつけていると、私の場合はスーパーに買い物に行った時に、ものすごい飢餓感を感じて、気がついたら絶対に食べてはいけないポテトチップスがカゴにたくさん入っていた(なんじゃ!こりゃ〜!)。
これは、本来、食事をしていて「美味しい!」という快感を感じているはずなんですよね。そこに「あなたはいつも余計なものを食べる!」という“罰”が一緒になってしまうと「やる気ブレーキ」がかかってしまって「食事制限なんてどうでもいいや!」になってしまうんです。
子供の頃から食事の時に母親に「あんたは食い意地汚い」とか「食べ方が汚い」などを言われていて、本来は「美味しい」という快感を食事の時に感じるはずの時に“罰”が連発されるわけです。
そうなると「やる気ブレーキ」がかかってしまいますから「人前では食事をしたくない」となってしまいます。 私は「人前で食事をするのが面倒くさい」とか「人と食事をするのが億劫だな」などと感じてしまうのがやる気ブレーキかかっている証拠。
そして、人前だと遠慮して食べない。 「本当に人との会食が面倒くさくて嫌」と思っているのは、見事にやる気ブレーキがかかっているから。 そして、私は一人になった時に、帰りにジャンクフードを大量に買ってしまって餓鬼のように貪り食ってしまいます(ひぇ〜!それが体重増加の原因じゃない!アハハ〜)。
それは「やる気ブレーキ」がかかっている時に「食べたい!」の神経の興奮を抑制するGABAがフル活動をしているから。 そしてGABA受容体がやる気ブレーキでダウンレギュレーションを起こしてしまって「食べたい」の神経の興奮に抑制が効かなくなって暴走して、次の日に起きた時に「なんてことをしてしまったんだ〜!」で落ち込んで後悔でいっぱいになってしまいます。
後悔して自分を責めれば“罰”になるからますます「美味しい」に「罰」が結びついてしまって、やる気ブレーキがかかって、ということを繰り返していたわけです。
それと同じような感じで私は「人前で話をする」というのもものすごい苦手、と思っているのは、子供の頃に私が話すたびに「あんたの話し方はくどい」とか「わかりにくい」や「どうしてもっとちゃんと話ができないの!」と怒られていたわけです。 「人前で話をする」という時に「ものすごい嫌!」となって、私は顔が真っ赤になってしまう。
そして、私がうまく喋れなくて、言葉に詰まって相手が怪訝な顔をしたら、脇汗ダラダラになって「頭が真っ白になる!」という感じで頭が悪い人の喋り方になってしまうんです。
これも「みんな自己肯定感が低いんだ」と推測脳のスイッチをオフにして“罰”をなくしてみる。 すると「あれ?人前で喋るのって気持ちがいいんだ!」となるから面白い。
相手が理解しようがしまいが関係なくなるのは推測脳がオフになっているから。 そして人前で話をすることで「楽しい!」とか「気持ちいい!」となっていくのは、話をすることでどんどん私の中の考えが整理されて整っていくから。 人に理解されたりわかってもらうことが気持ちいいのかも?と思っていたけど違っていて、話をすることで自分の中が整っていくから「気持ちがいい!」ってなるんだ、と面白い発見があります。
だから「私は〇〇が苦手」と思っている背後には“罰”と“快感”の両方が条件づけられている可能性があるんです。 そして“罰”は推測脳で活発になるので、推測脳をオフにしてみるとやる気ブレーキが緩んで「あれ?苦手だと思っていたことをやってみたらそこには快感があった!」となるから面白い。
そうなのよね!快感があるところに親は罰を入れたりする。 私が大人の人と楽しく会話をしていると「あんた、調子に乗っていると痛い目に遭うからね!」と言われたもんな〜!そして、私はいつの間にか人と会話をするときに思いっきりやる気ブレーキがかかって「自分の思っていることが言えない!」ってなってしまった。 話をする時に顔が真っ赤になるぐらいブレーキがかかっていたからな〜!でも、推測脳をオフにして「罰」をとってみたら、意外な自分を発見することができちゃいます。