お金のことを考えると、頭がぐるぐるして止まらなくなる理由
最近、金の1グラムの値段が25000円というネットニュースが流れてきて「ぎゃ〜!」と私は思わず叫びます。それは「1グラム1万円の時に買っておけばよかった!」という後悔が襲ってきたから。1万円の時に買っておけば、こんな後悔に襲われなかったのに、とぐるぐるしちゃって、過去のお金で損をしたエピソードが芋蔓式に出てきてしまいます。
別に買っていないから損をしたわけではないのに、私は「損をした」と絶望的な気持ちになってしまって、どんどん嫌なことを考えてしまう。この先、私はどんどん貧乏になって、ということを考えるのが止まらなくなる。
これって実は「やる気ブレーキ」がかかっている状態になるんです(ナラティブで書いています)。「1万円の時に買っておけばよかった!」とか「どうして貯金をちゃんとしなかった」と過去の状況を振り返っているようですけど、私は白昼夢の中にいます。一生懸命に考えているつもりですけど、時間がどんどん過ぎていって、あっという間に2時間とか3時間が過ぎてしまう。
そんな時に私が「お金の快感」を唱えてみると面白いことが起きます。「買っておけばよかった」の後悔があっという間に消えていき「あぁ!楽しくお金を使ってきたな〜」に変わっていた(不思議〜!)。そして、立ち上がって、いらないものを捨て始めていました。
「お金の快感」を唱えたら、やる気ブレーキが緩まって「自由に動けるようになった!」になります。そんな時に、あぁ!ぐるぐる後悔している時って白昼夢の中にいたんだ、ということに初めて気づく。「考えながらネット検索をしているから白昼夢なんかに入っていない!」と私は思っていたわけです。でも「お金の快感」を唱えてやる気ブレーキが外れたら動けるようになって初めて「あれは白昼夢でした!」とちゃんと認めることができる。
動画をぼーっとみていて「決して無駄なことはしていない」と思っていたんです。
でも「お金の快感」を唱えてみると「動画を見ているようで、見ながら白昼夢の世界に入っていた!」となっていた。そして、これを繰り返してみると、やる気ブレーキがかかって、白昼夢の世界にいる時も快感なんだ!ということが見えてきます。そうなのよね!白昼夢も「快感」なんです。
将来自分が貧困になって孤独になっていく、ということをぐるぐる考えて「こんなことが快感であるわけがない」と思っているんですけど、しょっちゅうその中に入ってしまう、ということはそこに快感が存在している。でも「あんたはいつもそうやってぼーっとしていて何も生産的なことをしていない!」と過去に白昼夢の快感に「罰」が条件づけられているので「やっちゃいけないこと」となっています。「時間を無駄にしている」という罰が白昼夢の快感に条件づけられているから、やる気ブレーキがかかって「そこから抜け出せなくなる」となっていた。「お金の快感」を唱えてみると、簡単に白昼夢から抜け出して、あぁ!白昼夢も快感だったのね、とちゃんと認められちゃう。そして、そこから抜け出して、自由に私の欲のために動くことができちゃいます。
「私の欲のため」と思った時に「私は何をしたいのかわからない」で呆然としてしまうことがあります。「お金の快感」を唱えてみると「あれ?私は部屋の整頓がしたい」と考えずに動き出す。部屋の整頓をして心安らぐ環境がととのって、心が安らいでいくと、さらにやる気ブレーキが緩んで「こんなことをしてみたい!」という欲望が出てきて動き出します。
「こんなことをしてみたい」というのは、思いつきじゃなくて、以前から考えていたことを実際に何も考えずにやり始める感じですね。「お金の快感」を唱えてやる気ブレーキが外れたら、それまでいくら考えても行動することができなかったことが簡単にできるようになってきます。決断力が速くなったわけじゃなくて「報酬」に「罰」が条件づけられていて、私の脳にやる気ブレーキがかかっていただけなんだ、ということに気づけます。
しかし「後悔」って反省して自分を正すために必要なことだと思っていたけど、報酬への「罰」でやる気ブレーキがかかって白昼夢に入っていただけだったのよね。だから、いくら後悔しても私は同じことを繰り返していた。「お金の快感」を唱えているとそんな面白いことが見えてきます(全てナラティブで書いています)。