朝、コンビニに入ったら店員さんが不機嫌な顔をしていて、レジに行ったらつっけんどんな態度を取られて「が〜ん!」とショックを受けてしまいます。

「うわ〜!私って不機嫌な人がいるとダメだな〜!」と自分の弱さを嘆いてしまう。みんな不機嫌な店員さんがいたって、無表情でレジを済ませてさっさと立ち去っているのに、私はいつまでも店員さんの不機嫌な顔が頭に残ってしまって、ものすごい汚れた気分になってそれがなかなか拭いきれません。


有名なテーマパークに行って、開放的な気持ちになって「楽しい!」ってなっていても、そこで夫婦が喧嘩をしている場面に遭遇してしまったら「が〜ん!」とショックを受けてしまって、怒っている夫の顔が頭から離れなくなって、私の心が乱されて、それまでの楽しい気分が台無しになる。全然私には関係ないはずなのに。もし、万が一相手が私に怒っていたとしても、それは私の問題じゃなくて相手の問題なのに。そんなことは頭で分かっていても、心は「が〜ん!」とショックを受けてしまって、そこからぐるぐると嫌なことを考えるのが止まらなくなるんです。


でも、振り返ってみると「あれ?人が不機嫌な場面で全然ダメージを受けなかったことがあったよな!」と大丈夫だった場面が蘇ってきます。アルバイトをやっていた時に、新宿の危ない繁華街でちょっと反社会的な人たちが喧嘩をしていた。そこにアルバイトの同僚が「ちょっと!」と喧嘩をしている二人の中に仲裁に入ろうとしていて、私は慌てて「おい!おい!それはやめなさい!」と同僚を止めた。


その時、私は反社会的な人たちが喧嘩をしているのをみても「あれ?なんとも思わない!」と普段だったらちょっとでも不機嫌な人を見て動揺してしまう自分はそこにいませんでした。「どうしてあの時は動揺しなかった?」と思ってみたら「あぁ!私よりも重症な同僚がいたからだ!」。全然自分たちとは関係ない喧嘩に同僚が責任を感じて止めに入ろうとした姿を私は自分に重ねて見ていて「あぁ!私って普段、こんなに痛い子なのね!」と思った。


そう、私は同僚を通して、外から自分を見るという「メタ認知」ということができていたんです。メタ認知は、自分の思考や行動をもう一人の自分が客観的に把握すること。


人が攻撃的になっている姿を見て「が〜ん!」とショックを受けて「なんとかしなきゃ!」と思っている同僚を外から見ているように、自分も同僚と同じようにショックを受けているな〜、って外から観察することができた。外から動揺している自分のことを観察すると「が〜ん!」という感情に飲み込まれなくなるんだ、と分かったらちょっと嬉しくなってくる。


そして私は不機嫌な人を見て「が〜ん!」とショックを受けている自分を外からもう一度眺めて見ます。「おう!おう!動揺してる〜!若いな〜!」って外からそんな自分を観察してみると楽しくなってくる。「が〜ん!」と人の不機嫌さでショックを受けてその感情に飲み込まれていた時は「どうしてあの人は不機嫌なんだろう?」とぐるぐると相手の気持ちを考えてしまって、怒りが込み上げてきていたんですよね。


そして「コンビニで給料をちゃんともらっているんだから、もっとちゃんと笑顔で接客しろよ!」って全然私とは関係ないのに、そんなことを考えて怒りが止まらなくなっていた。

私は不快な感情に飲み込まれていたんです。メタ認知で外からそんな自分を眺めていると「若いな〜!そんなことで動揺するなんて!」と思えて、店員さんのことなんてどうでも良くなってくる。そして、不快な気分に浸らずに、自分がしたいことを淡々とやることができて、心が安らいでいきます。メタ認知って便利だな〜!


仕組みは簡単!「店員さんの不機嫌さに注目する!」をしている時は推測脳(側頭頭頂接合部)を使っていて、不快な気分の白昼夢の中に入って出てこれなくなる〜!ってなっていた。「外から動揺している自分を観察する」というメタ認知をやっている時は共感脳(前外側前頭葉)を使っているので、自分の感情を制御することができて心が安らぐ〜!ってなるのよね。推測脳を使っていると、不機嫌な人に注目を向けてそこからいろんなドラマが展開するから、まあ、退屈しないですよね〜。サスペンスドラマが好きな人にはおすすめかな。


そう、推測脳を使ってもいいし、共感脳を使ってもいいんです。どちらを使っても、無意識さんはちゃんと私のことを助けてくれる。