私は、子供の頃から「不機嫌な母親に気を使う」ということをやってきました。父親に対してもそうですね。 人のことを心配したり、気を使ったりすることでは、私は「一体感」の快感は得られませんでした。 人のことを心配したり、気を使うことで私はさらに苦しくなっていたのは、それをすることによってGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまうから。

私の中の「楽しみたい!」という感覚があったら「楽しめない」という興奮性のニューロンが脳内に出来上がる。


「楽しめない」というニューロンの興奮をGABAが鎮めることで「楽しめる!」という方向に素直に進んでいけます。 そこで、苦しんでいる人に注目を向けた時に「楽しめない」という興奮にGABAが効かない。 だって「両親が苦しんでいるのに、私は楽しめない」ってなってしまうわけ。 だから私の脳の中では「楽しみたい」vs「楽しめない」ってGABAが両方の興奮性のニューロンに働き続けてしまって、どっちも選択できない状態になるから、そのうちにGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまいます。

すると二つの興奮性ニューロンが活発になりすぎてサージを起こして「自分の感覚がわからない!」となってしまいます。


私が素直に「気持ちいい!」という選択肢を選べばGABA受容体がダウンレギュレーションを起こすことはない。 でも、私が人に気を遣ってしまって「楽しめない」という選択肢も同時に活発にしてしまうと、GABA受容体がダウンレギュレーションをおこして自分の感覚がわからない面倒くさい人になってしまいます。 面倒臭い人になった私は「何が食べたい?」と聞かれても、GABA受容体がダウンレギュレーションを起こしているから「気持ちいい!」が選択できません。 だから「なんでもいい!」って答えてしまいます。 「何がしたい?」と聞かれてもGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしているから「別に何もしたくない」と答えてしまう。 わざと相手を困らすために行っているわけではなくて、「楽しみたい」vs「楽しめない」の二極の興奮が同時に起きてサージを起こしてしまうから「自分の感覚がわからない!」となっているだけなのよね。


だから、人に気を使うことで「一体感で気持ちいい!」は得られなくて、逆にGABA受容体がどんどんダウンレギュレーションを起こして自分の感覚がわからなくなってしまう、ってなるわけです。

私の場合、脳内のサージで「自分の感覚がわからない」となってしまっているから、常に人の表情に注目して「何をここでやったら正解なの?」と探ってしまう。 すると、それが「人に気を遣っている」ということになって、さらにGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまうという悪循環になっていた。


そう、一体感って「対等な関係」じゃないと得られないのかもしれません。

「相手に気を使う」という立場でしたら「相手の方が立場は上!」になってしまう。 宗教では「常に謙虚でなければいけない」と教えられていたので「相手の方が上でいい!」ってずっと思って人に気を遣ってきたけど、それだとどんどん私の感覚が失われていって、面倒臭い人になるから「誰も一体感の快感を得られない」で私の脳は壊れたままになる。


そこで現代催眠的には「みんな自己肯定感が低いんだ」というナラティブを入れることで「相手の方が立場は上!」という枠組みから解放されて「一体感で気持ちがいい!」が得られるようになる。

なぜなら、自己肯定感が低いとずっと思って苦しんで生きてきたから「うん!うん!わかる!その気持ち!」って自己肯定感が低い人の気持ちが伝わってきて「一体感で気持ちいい!」となるのよね。明らかに「相手の方が立場が上!」と思って相手の話を聞いていた時とは違っていて、一体感の喜びが感じられる。 私が学んできた宗教的に考えてしまうと「みんな自己肯定感が低いって、人に対して失礼じゃない!」となるけど、これもあくまでも私のGABA受容体を復活させる呪文なのよね。


呪文でGABA受容体が復活すると「楽しい!」が感じられるようになって「楽しい!」という方向を自動的に選択できちゃう。

「楽しい!」が選択できるとどんどん心が安らいでいきます。 調子に乗って、心が乱される、と思っていたけど、違っていて、どんどん心が安らいでいき周囲が静かになっていくんです。