今朝起きた時に「あれ?私って子供時代に楽しんでいたかも!」とフッと思い出しました。


ちょっと前までは「家が貧乏で両親がイライラしていて、毎日のように叱られていて、勉強もできなくて、学校ではいじめられていて、暗黒時代のような幼少期を過ごしていた」と思っていました。でも、今朝になって「あれ?駄菓子屋でモロッコヨーグルを5円で買って食べて“これを腹一杯食べたい!」って楽しんでいたな〜。なんで、その楽しい記憶が抜けていたんだろう?と思うけど、GABA受容体が「楽しい!」を感じながら復活してくると「楽しい」と言う記憶も戻ってきます(ナラティブで書いています)。


面白かったのは、そんな子供時代のことを思い出していて「今、モロッコヨーグルを食べたり、さくらんぼ餅を駄菓子屋に買いに行っても楽しめないよな〜」と思った瞬間に「昨日はがら空きの高速道路でドライブを楽しんでいたじゃない!」と言う言葉が浮かんできて「確かに!」と私は驚いた。私自身は、ドライブをしている時に追い越し左線をずっとのろのろ走っている車を見て「何をやっているのかな?」とイライラしたことしか記憶に残っていませんでした。でも、モロッコヨーグルから「そういえば!昨日のドライブ楽しかった!」と思い出して「なんだ!楽しめている私がちゃんといるじゃない!」で驚いた。


いつも不平不満ばっかり言っていて私は「何も楽しめない!」と思っていたけど、それってGABA受容体がダウンレギュレーションを起こして「やる気ブレーキ」が掛かっていただけ。GABA受容体が「楽しい」でちゃんと復活してくると「私もちゃんと楽しいを感じていた」で嬉しくなってきます。私は「私が楽しんでいたら嫉妬されて潰される」と恐れているから「楽しい」が感じられない、と思っていたんです。私の中に確かにそれもあるのがわかるのは、こうして「ドライブを楽しんだ」と言うことを書くことこそに多少抵抗を感じるから。でも、その前にGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしていて「楽しいを感じられない!」になっていたから。


そんな私が「これから私が楽しむとしたらどんなことを楽しむ?」と思ってみたら「仕事を早く終わらせて楽しむ」と言うことが浮かんでくる。やるべきことをさっさと終わらせることが「楽しい!」となっているみたい。さらに「仕事が終わったらじっくりと本を読みたい」と言うのも「楽しい!」で浮かんでくる。仕事をさっさと終わらせることや、仕事関係の本を読むことのどこが楽しいの?と私は思ってしまうけど「あぁ!仕事が溜まっていると言うことは情報の流暢性がないってことになるんだ!」と言うことがわかる。溜まっていた仕事をさっさと終わらせると情報の流暢が得られるから「楽しい!」となるんだ。


さらに仕事関係の本も、読めば読むほどこれまで私が疑問に思っていた謎が解き明かされていき情報が流暢になるから「楽しい!」って感じるんだ。これを私が子供の頃に知っていたらな〜、と思う。ピアノだって、なんだって練習すればするほどどんどん情報の流暢さが増してGABA受容体の復活で、さらに「気持ちいい方向に進める!」とわかっていたらやれたはずなのに、と思う。


私は、物事をものすごく複雑に考えてしまって頭の中がゴミ屋敷状態で「足の踏み場もない」という中で生活してきた感じで「何も楽しめないし、何も習得できない」ってなっていました。


でも、私のGABA受容体が復活してみると、そのゴミ屋敷状態の私の頭の中にモロッコヨーグルの喜びを発掘することができる。そしてモロッコヨーグルの発掘から私は「もしかしてこのゴミ屋敷のような私の頭の中にも価値があるものが埋まっているのかもしれない、と思えるのはGABA受容体が復活してきているからなんでしょうね。駄菓子屋のモロッコヨーグルの背徳感は楽しかったな〜。そんなことを思い出して心が安らいでいきます。