先日同僚と仕事終わりに食事に行って、私が会計を済ませて帰るときに、同僚に「接客の方が、あなたの上司、かっこいいですね、と言ってました」と言われた。その瞬間、私は「ギャ~!」と叫んで同僚が言っていることを打ち消して聞かなかったことにしたくなる。

それは、私が人から褒められたり、感謝されたりすることが苦手だから。 褒められたり、感謝されるとみぞおちのところが苦しくなって、ものすごく恥ずかしい気持ちになる。

まるで、自分が裸にされて、みんなの前に放り出されたかのような恥ずかしさ。 そんな恥ずかしさで、その場から一目散に逃げだしたくなる。


「うわ~!あの店員さんがいる店に行けない!」ってなってしまうのは、私の「やる気ブレーキ」が掛かっているから。

やる気ブレーキは「報酬」に対して「罰」が条件づけられていると「報酬(褒められる)」があった瞬間にやる気ブレーキがかかってしまって「嫌だ~!」となる。

腹側線条体と腹側淡蒼球の間の神経が過活動を起こして「やる気ブレーキ」で「うれしい!」という報酬をありがたく獲得する方向には行けなくなる。


子供のころから「わ~い!楽しい!」とはしゃいでいると「調子に乗ってるんじゃないわよ!」と母親からビンタをされて泣かされる。 うれしそうにしていると「何で勉強もしないで!」と怒鳴りつけられる。 テレビ番組を見て楽しんでいると「こんなくだらないものを見て!」と消されてしまっていた。 バレンタインのチョコをもらって、引き出しに隠していたら、母親がそれを持ってきて「気持ち悪い!」とさげすんだ目で見られる。

おぉ~!完全に「うれしい(報酬)」に「罰(叱られる・気持悪がられる)」が条件づけられていたな~。 それで人から感謝されたり、好意を持たれると「居ても立っても居られない」でそこから逃げ出したくなっていたんだ。


そう、店員さんから褒められたりすると、私が真っ先にやることは「たくさん注文して食べたらさっさと出て行く都合のいい客だから営業トークをしている」とかを恥ずかしさと苦しさを鎮めるために考え始めること。 相手から褒められたり、感謝されても「ありがとう!」と素直に受け取ることができず「今はこう言っているけど、後でけなされる」などと考えてしまうのが「やる気ブレーキ」で「うれしい(報酬)」を打ち消している


喜んでいたり、楽しんでいたら、周囲から嫉妬されて酷い目に合う、ということを恐れているから、喜びとか楽しみとかを感じないようにしよう、としている、と思っていたわけです。

実際に周囲から「嫉妬されるから気をつけなさい」と言われてきましたから。


でも、脳のメカニズム的に「やる気ブレーキがかかっているから、こんな風に受け取れないんだ!」にしてみると「やる気ブレーキ」を緩めればいいんだ!と「報酬を素直に受け取る」ができるようになります。 車だったらブレーキを踏んだままでは前に進めないから、ブレーキペダルから足を離して、アクセルを踏む必要があります。 自転車でしたらブレーキレバーを握りしめていたら、いくらペダルを漕いでも前に進めなくて倒れてしまう。 ブレーキを離してペダルを漕げば、倒れずに自分の生きたい方向に進むことができる。 私が止まりたいときだけブレーキを使えばいい。


私は時々、過去を振り返って「なんであの時にあのチャンスを逃してしまったんだろう?」と激しく後悔することがたくさんあります。 それって私のやる気ブレーキがかかっていたから「チャンス(報酬)」を素直に受け取れなかった。 「やる気ブレーキ」というものがあったんだ、と思ったら「あれ?私自身を責めなくてもいいのかも!」と思えてくる。

いつも過去の後悔が襲ってくるとき「なんで、あの時に、私はチャンスを逃した!」とグルグルと言い訳を考え続けて「しょうがなかった」とか「結果、これでよかったんだ」と自分を納得させようとしていました。


やる気ブレーキがかかっていたんだったらしょうがない、となるし、ブレーキだったら緩められるじゃない!とちょっと希望が持てるようになる。

目の前にチャンス(報酬)がぶら下がっていたら、躊躇する必要がなくなります。 そして、報酬を受け取って、喜ぶたびに本来の自分に戻ることができ心が安らいでいく