ある方と「漢字の書き取りを小学校の時にやらされたよね!」という話をしていました。

書き取りテストがあって、点数が悪かったから「100回書きなさい!」と先生に言われて書いたけど「全然漢字が覚えられない!」で同じ失敗を私は繰り返していた。そう、私は100回書きなさい、と言われたら「漢字の大量生産!」みたいな感じで書くから、漢字の書き順はバラバラになってしまうから、ちゃんと漢字が覚えられなかったのよね。


でも、覚えられなかった1番の理由が「罰」なんですよね。「漢字を覚えられなければ罰を与えられる」となっているから。本来、漢字とかは「先生と同じように書けて嬉しい!」という「一体感(報酬)」を感じますね。そして、先生のお手本を見ないで書けて「優越感(報酬)」が得られるとさらに「漢字を覚えるのが楽しい!」ってなる訳です。そこに「罰」が条件づけられてしまうから「やる気ブレーキ」が掛かって「漢字を書くのが苦痛」になってしまう。そして苦痛になって先生から「罰として百回書きなさい!」と罰を与えられちゃうとさらにやる気ブレーキで「漢字を覚えるのが苦痛」になる。


ちなみに「一体感」は0歳から1歳の間に母親から愛情を持って抱きしめられると成長して大人になっても「一体感」を感じられます。でも、母親から情緒的ネグレクトをされてしまうと成長しても「一体感が感じられない!」となってしまう。


だから、勉強するときは「罰を恐れて勉強する」という感じになって「勉強はちっとも楽しくない!」になるのよね。でも、成績が上がったら「優越感(報酬)」が得られるから「もっと、どんどん勉強したい!」になる。ちなみに優越感は2、3歳の時にトイレットトレーニングの時に「よくできたね!」って褒められると「優越感」を感じられるようになります。


褒めてもらえなかった子は「何?優越感って!人を見下して最低!」と優越感を嫌悪するようになってしまう(全てナラティブで書いています)。


それはなぜかというと、2、3歳の時に褒めてもらうと「自己評価」が中心になって「私ってすごい!」って自分でありのままの自分を肯定することができるようになります。褒めてもらわないと「他者評価」が優位になってしまって「人の評価が気になる!」ってなるのよね。


「他者評価」だから「人と比較をして優越感を感じる」と思って嫌悪しちゃう。「自己評価」が優位になっていると人と比較する必要がなくて、自分で自分を肯定できちゃって「私ってすごい!」って優越感が得られる。


私の好きな海外ドラマの「テンペスト教授の犯罪分析ノート」で教授が「自己愛の母親から育った子供は、子供を作らなくなる」というセリフが出てきます。それって自己愛の母親は「子供を褒める」ということをしないからなのよね。すると子供は「他者評価」が優位になってしまいます。「他者評価」が優位になることで、常に周りの人が何を感じているのか、ということが中心になるから「自分の感覚がわからない!」ってなる。


自分の感覚がわからなくなると「子供が可愛い」とは思えなくなってしまうから。そう「自己評価」が優位であれば「私ってすごい!」となるから「私から生まれてくる子供はどんな人間なんだろう!」って楽しみになる訳です。「他者評価」が優位だと私自身のことを肯定することなんてできないから「私から生まれてきた子供はかわいそう」になってしまう訳です。


これも呪文で解決しちゃいましょう!「一体感!」と唱えればいい。さらには「優越感」も呪文として唱えてしまう。


人と接触をしている時に「一体感!」と唱えてみる。するとGABA受容体が復活して「あれ?ちょっと人といて緊張が減ってきたかも!」ってなります。さらに「優越感!」を唱えてみるとGABA受容体が復活して「私って結構いけてるかも!」と思えて楽しくなってくる。


唱えてがGABA受容体が復活してくると、人の中にいてストレスが減ってくるから「自分がやりたいことができるようになる!」となって本来の姿に戻っていきます。


本来の姿は、心安らぐ美しい自分の姿なのかもしれません。