なぜ人は、アドバイスされると「でも、だって」と言ってしまうのか
ある優秀な編集者の方から「大嶋さん、しばらく断筆したほうがいいですよ!」と言われた時に、私はそれを素直に聞き従うことができません。
必ず私の頭の中では「でも、だって」と相手がアドバイスしてくれたことを否定する考えが真っ先に浮かんでしまう。 「でも、書き続けていなかったら私の中のアイディアが尽きちゃうような気がするから」とか。 「だって、要望があるから書いているんだけど」などと、親身になってくださる方の意見を私は頭の中で打ち消してしまう。 後になって「あぁ〜あ!ちゃんとアドバイスを聞いておけば良かったのに」と後悔しちゃう。
私は子供の頃からいつもこんな感じで、大人から注意されると「でも、だって」といつも言い訳が真っ先に出てしまって「全然、注意を聞かない!」で同じ失敗を繰り返してしまいます。
親から、散々「言い訳をするな!」と引っ叩かれていたのに、頭の中は言い訳ばかりしか浮かんできません。
これはどうしてかというと2−3歳の時にトイレットトレーニングの時期に「よくできましたね!」と褒められることで背側縫線核のGABA受容体が適切に働くようになって「えっへん!私ってすごいでしょ!」という優越感が感じられるようになる。 優越感が得られるのは「自己評価」と「他者評価」の二極でGABAが適切に働いて「他者評価」を抑制して「自己評価」のニューロンが適切に興奮するから。
この時期に「なんでもっとちゃんとできないの!」とか「調子に乗ってるんじゃないわよ!」とダメ出しをされてしまうと背側縫線核のGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまって「自己評価」と「他者評価」の両方が興奮したままになってしまいます。
そう、私の中で「自己評価」と「他者評価」の両方が興奮しているから「でも!だって!」と相手の言葉を素直に聞くことができず言い訳してしまうんです。
もし、私のGABA受容体がちゃんと働いていたら「他者評価」が抑制されて「自己評価」が興奮するから「おぉ!この編集者の方はそんなに私の作品を大切に思ってくれているんだ!」と優越感が感じられちゃう。 私の場合は「他者評価」も同時に興奮しているから「今、書くのを止めてしまったらみんなから見捨てられてしまうのでは」という不安が湧いてきてしまいます。
それでいて「自己評価」も同時に興奮しているから不安に対して「でも、だって」という偉そうな言い訳が次から次へと湧いてきてしまいます。
そして、私が言い訳をすると、相手の方は微妙な表情になります(ビミョ〜ウ)。 「あぁ!この人は私の言っていることを理解していないんだ」という残念な表情ですね。 すると私がいくら言い訳をしても「優越感」が得られないから、ますます背側縫線核のGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまうから、後になっても「なんで、あんな変な言い訳をしてしまったんだ!」とぐるぐる考え続けるようになるのは「他者評価」と「自己評価」のニューロンがずっと興奮し続けているから。
2、3歳で背側縫線核のGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまうと「常に頭の中は言い訳だけ」になるから「優越感」が得られない。
優越感が得られないとGABA受容体が復活しないので私の頭の中は常に言い訳だらけで、優越感が得られない、となってしまっていたんです。
そんな私が「優越感!」という呪文を唱えてみる。
すると「おぉ!あの編集者は、ちゃんと私の本を読んでくださっていたんだな〜」という感じで優越感が感じられるようになる。
優越感を感じた時に「調子に乗っていたら大変なことになる!」という感覚が湧いてくるのが「やる気ブレーキ」ですね。 「優越感」に「罰」が条件づけられているから。
散々母親から「調子に乗っていたらあんた、痛い目に遭うからね!」と引っ叩かれていたな〜。
そんなやる気ブレーキがかかった時にも「優越感!」と唱えてみます。すると、不思議と心が安らいで、本来の自分に戻っていきます。