なぜ人は、「優越感」を感じると不安になるのか
「優越感」を感じられるようになればGABA受容体が復活して「他者評価(人目を気にする)」がちゃんと抑制されて「自分らしく生きられる!」で楽しくなってきます。
これが私が子供の頃に「調子に乗っていると大変な目に遭うからね!」と母親からダメ出しをされて「優越感」に「罰」が条件づけられ「やる気ブレーキ」が掛かって「優越感を感じるのが怖い!」になる。
この「優越感」に「罰」を条件づけるのって意地悪なの?と一般の人は思ってしまう。
いいえ!違います!「調子に乗っていると大変な目に遭う!」とダメ出しするのは「愛がゆえ」なんです。
「愛が故にダメ出しをする」というのが「共依存」なんですね。
共依存とは「人を世話・介護することへの愛情=依存」「愛情という名の支配=自己満足」である(Wikipediaの「共依存」から)。
共依存をする人は0−1歳の時に「全てを委ねる」と「全てを背負う」という二極でGABAが「全てを背負う」を抑制することで「全てを委ねる」のニューロンが活発になると「一体感」という快感を感じることができて、GABA受容体が活性化されます。
この時に「孤立(ネグレクト)」をされるとGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまいます。
「全てを委ねる」と「全てを背負う」の両方が興奮してしまって「一体感」の快感が得られなくなる。
一体感の快感を求めて「全てを背負う」という感じで「子供の将来の責任を背負う」になるから「この子は調子に乗っていたらダメ人間になる」でダメ出しが次から次へと湧いてきちゃう。
共依存の人は一体感を求めて「相手のために」と相手の将来のことを考えて行動しちゃいます。
「調子の乗っていたらこの人はダメになる」って危機感を感じるのは共依存だから。
そう共依存の人は「全てを背負う」のニューロンの興奮をGABAで抑制できないから、相手の人生を背負って「不安」や「恐怖」が湧いてきます。
そして、相手の人生がダメにならないように先回りして「あんたのためにやってあげているんだから!ちょっとしっかりしてよ!」と思うのは「全てを背負う」と同時に「全てを委ねる」も興奮しているから。
だから共依存の人は「なんで私はあんたのそんなところまで考えなきゃいけないの!」と突き放すようなことを言ってしまう。
共依存の人が先回りをすると「優越感」が感じられなくなる(そりゃそうですよね!)。
「優越感」が感じられなくなると「自己評価」と「他者評価」のGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしてしまって、共依存の対象者は共依存の人の目(他者評価)を気にするようになる。
するとますます「優越感」が感じられなくなることで共依存の人の餌食になってしまうわけです。
共依存をしている人は「私は共依存をしている」なんていう自覚は全く持てません。「あの人が苦しそう」とか「あの人がつまらなそう」などと表情や態度から読み取った時に「なんとかしなければ」といてもたってもいられなくなるだけ。
それは「全てを委ねる」と「全てを背負う」の二極が同時に興奮してGABAの抑制がかけられなくなっているから。
そう、家族が不機嫌な態度でいたら、ブチギレるのは「全てを背負う」と「全てを委ねる」が同時に活動しているから。
「私のせいで相手が不機嫌(全てを背負う)」と「なんであんたの面倒をそこまで見なきゃいけないのよ!(全てを委ねる)」が同時に興奮してサージを起こしているから。
相手の不機嫌な態度でイラッとしたら「あれ?もしかしてこれって相手の感情に責任を負っている共依存?」と思ってみると面白いです。
「一体感!」を唱えてみるとGABA受容体が復活して「全てを背負う」にGABAの抑制がかかって「相手はよくやっている!」って誇らしく思えてくる。
不機嫌な相手に対して「一体感」を唱えるのに抵抗があるのは「やる気ブレーキ」がかかっているだけなんです。
「一体感」でブレーキがだんだん外れていって「全て背負う」に抑制がかかって「全て相手に委ねる」という一体感の気持ちよさが感じられるようになります。
そして心が安らかになって、相手の優越感を楽しく眺められちゃいます。