なんのために人は生きるのか
「悪徳の快楽」を唱えるのは“期待脳”である腹側被蓋野のGABA受容体を復活させるため(復活の呪文ってなんだか懐かしいな〜)。
腹側被蓋野は「快感」と「罰」の二極が葛藤しています。 GABAがちゃんと働くと「罰」が抑制されて「気持ちいい!(快感)」が感じられちゃう。
「悪徳の快楽」を唱えていると「うわ〜!私って罰が快感になっていたかも!」ということに気づいちゃう。
子供の頃から「出された宿題をやらない」を繰り返していました。
「悪徳の快楽」を唱えてGABA受容体が復活してくると「宿題をやらなかったのは背性から怒られることが快感!」になっていた、と言う衝撃の事実が見えてくる。
もっとすごいのは「いじめっ子と仲良くなろうとして裏切られる」と言うのも「期待して裏切られる(罰)」が快感になっていた。 期待しちゃいけない人に期待して、そして裏切られる、と言うことを私は繰り返していたけど、あれってGABA受容体がダウンレギュレーションを起こして「快感」と「罰」が同時に興奮していたから「罰が快感」で「裏切られることが気持ちいい!」となってしまっていた。
もちろん、その時も気づかなくて「裏切られて悔しい〜!」と思って、私は繰り返しそのことを何年経っても思い出して「悔しい!」となっていたけど、それって「罰が快感」になっていたから繰り返し思い出して、その裏切られた感覚に浸っていたんだ!と言うことが見えてきちゃう(ヒェ〜!恥ずかしい!も私に取って罰!)。
仕事でもちゃんと資料を用意していけばいいのに、ギリギリまでやらずにダラダラしちゃうのも「罰が快感」になっていたから。
「悪徳の快楽」を唱えていると「自分の期待を裏切ってやる!」という悪い気持ちになって「さっさと終わらせる!」ができちゃう。
私はいつもダメダメでギリギリまでやることができない!と思っているけど、これって母親から入れられている感覚なのよね。 だから「悪徳の快楽」を唱えると「あの人の期待を裏切ってやる!」という悪〜い気持ちになって、そして「期待を裏切ることが快感!」になってGABA受容体がさらに復活していきます。
ちゃんと仕事をやらないと怒られるとか上司から呆れられる、と「罰」を恐れて必死に仕事をやっていたと思ったけど、結局、上司から「なんで言われた通りにできないの!」とか「ハァ〜!」など呆れられてしまうのは「快感」と「罰」の両方が同時に興奮して「罰が快感」になっていたから。「悪徳の快楽」を唱えてみると「上司の期待を裏切ってやれ!(上司の鼻を明かしてやる)」という悪〜い気持ちで仕事ができる。 そして仕事を見た上司が「えぇ!」と一瞬、驚きの表情をした時に「悪徳の快楽」を感じてGABA受容体が復活して、ますます「悪徳の快楽」を唱えるのが楽しくなってきます。
「悪徳の快楽」を唱えていると「真面目が正義」だと思っていたけど、あれって「真面目にやっていると裏切られる」という快感を求めていたのよね、というのが見えてきて「馬鹿真面目に馬鹿正直にやらなくていいんだ!」ということが実感できる。 こんなに真面目に一生懸命にやっているのに報われない、ということが私にとっての「罰」でそれが「快感」になっていたのはGABA受容体がダウンレギュレーションを起こしていたから。
「悪徳の快楽」を唱えているとGABAが復活して「気持ちいい!」を選択することが考えなくてもできちゃう。そして気持ちいいことをやっていると、それはいい意味で自分と周囲の期待を裏切ることになっている。周囲の期待を良い意味で裏切ることで悪徳の快楽を感じることでさらに軽く自分の期待値を超えるようになって、本来の自分の姿に戻っていきます。そして、心が安らいでいく。