なぜ情報収集が止まらないのか――セルフネグレクトがつくる終わらない検索
こんにちは。
今日は、「情報収集が止まらない」というテーマについて書いてみたいと思います。
最近は、スマートフォンを開けば、
ニュース。
YouTube。
SNS。
ネット検索。
気づけば何時間も見続けてしまった……という経験がある人は少なくないでしょう。
私自身も、以前はよくそんな時間を過ごしていました。
「今日は疲れたから、少し動画でも見て頭を休めよう。」
そう思って見始めたはずなのに、
気づけば何時間も経っている。
そして最後には、
「私は何をやっていたんだろう……」
と自己嫌悪になる。
そんなことを何度も繰り返していました。
本当に自分のためだったのか
以前は、
「私は情報が好きだから。」
「知識欲が強いから。」
そう思っていました。
でも、ある日、自分の頭の中をよく観察してみると、少し違うことに気づいたのです。
動画を見ながら、
「これは○○さんが好きそうだな。」
「このニュースなら、あの人はどう思うだろう。」
「この話題を話したら喜ぶかな。」
そんなことばかり考えていました。
つまり、
自分のために情報を集めていると思っていたのに、実際は"誰か"のために情報を集め続けていたのです。
だから終わらない
もし純粋に自分の興味だけだったら、
案外すぐに満足して終われるのかもしれません。
ところが、
「あの人は?」
「この人なら?」
という視点が入ると、
終わりがなくなります。
一人のため。
二人のため。
十人のため。
考える相手が増えるほど、
検索も終わらなくなります。
YouTubeのおすすめを見ても、
ニュースを読んでも、
ネットショップを眺めても、
頭の中ではいつも誰かが登場しています。
プレゼント選びが終わらない理由
私はプレゼントを探すとき、
驚くほど時間がかかります。
「これかな。」
「いや違う。」
「こっちかな。」
何時間も検索してしまうことがあります。
以前は、
「優柔不断だから。」
そう思っていました。
でも違いました。
相手の気持ちを何度も想像し、喜ぶ顔を想像し、
期待に応えようとして、延々と検索を続けていたのです。
その結果、自分が疲れ果ててしまう。
これもセルフネグレクトの一つの形だったのだと思います。
自分がいなくなってしまう
セルフネグレクトとは、
自分を後回しにすることです。
だから、
情報収集をしていても、
検索をしていても、
選んでいる基準はいつも他人です。
「あの人はどう思うだろう。」
「喜んでくれるかな。」
「役に立つかな。」
その繰り返しです。
すると、
肝心の「私はどう思う?」が消えてしまいます。
一つの問い
そんなとき、私が自分に問いかけることがあります。
「私が本当に大切にしているものは何?」
この問いです。
すぐには答えは出ません。
でも、静かに問い続けていると、
少しずつ見えてくるものがあります。
そして、不思議なことに気づくのです。
それは誰にもわからない。
家族にも、
友人にも、
同僚にも、
本当の意味では理解できないものです。
だから、
「みんなにわかってもらおう。」
「共有しよう。」
そう頑張る必要もないのです。
自分のために選ぶ
このことに気づくと、
情報を見る基準が少しずつ変わってきます。
「あの人はどう思うだろう。」
ではなく、「私はこれを大切にしたいだろうか。」
という問いが生まれます。
すると、
不思議なことに、
延々と続いていた検索が止まることがあります。
「今日はここまででいい。」
そう思える瞬間が増えてくるのです。
セルフネグレクトから抜け出す第一歩
情報収集が止まらないことは、
意志が弱いからでも、
スマホ依存だからでもないのかもしれません。
もしかすると、
いつも"誰か"を優先してきた心の習慣が、その背景にあるのかもしれません。
だからこそ、大切なのは情報を遮断することではありません。
まずは、
「私が本当に大切にしているものは何?」
と、自分に問いかけてみることです。
その問いを重ねるたびに、「誰かのため」ではなく、「自分のため」に選ぶ感覚が少しずつ戻ってきます。
そしてその積み重ねが、セルフネグレクトから少しずつ離れ、本来の自分を取り戻す第一歩になるのではないかと、私は感じています。