ブログを読んでいるとき、

「あれ? これって私のことを言っているんじゃないの?」

と思うことがあります。


誰かが書いた記事を読んでいても、

「もしかして、私を批判している?」

と思ってしまう。


もちろん、実際には自分のことを書いているわけではないのかもしれません。

でも、一度そう思い始めると、頭の中で想像がどんどん膨らんでいきます。


「やっぱり私のことを言っているんじゃないか」

「私の何が悪かったんだ?」

「いや、私は間違っていない」

「相手の方がおかしいんじゃないか」


そんなことを、延々と考え続けてしまうのです。


◇ 頭の中で相手と戦い続ける

最近も、あることで拒否されて、ガーンとショックを受けたことがありました。

すると私の頭の中では、

「これは私を批判しているんじゃないか」

という想像が始まります。


そして、頭の中に相手を登場させて、

「私は間違っていない!」

と反論する。


ところが次の瞬間には、

「でも、私のどこが悪かったんだろう?」

と、自分を疑い始めます。


相手が悪い。

いや、自分が悪い。

私は間違っていない。

いや、やっぱり私に問題があったのかもしれない。


この間を、頭の中で何度も往復します。

そして、どんどん苦しくなっていくのです。


◇「私が私の親だったら、何と言うだろう?」

そんなとき、ふと自分に問いかけてみました。


「もし、私が私の親だったら、今の私に何と言うだろう?」


すると、すぐに浮かんできた言葉がありました。


「あんたにやましいところがあるから、そんなに怒るんでしょう」


ああ、これか。

と思いました。


私は子どもの頃、悲しくて泣いているときに、

「胸に手を当てて、よく考えてみなさい」

と言われることがありました。


自分に悪いところがなかったのか。

自分にやましいところがなかったのか。

自分の行動を反省しなさい。

そんなふうに言われてきました。


でも、今振り返ってみると、

私はそのとき、反省したかったわけではありません。


ただ、悲しかったのです。


◇ 悲しんでいるのに、取り調べが始まる

これは大人になった今も同じでした。


誰かの言葉に傷つく。

何かを拒否されてショックを受ける。

本当は悲しい。

苦しい。

やるせない。


ところが、その感情が出てきた瞬間に、

私の中で取り調べが始まります。


「お前にも問題があったんじゃないのか?」

「何か悪いことをしたんじゃないのか?」

「相手がそう思うだけの理由があるんじゃないのか?」


悲しんでいる自分を抱きしめるのではなく、

容疑者のように尋問していたのです。


これもセルフネグレクトだったのかもしれません。


◇ 本当に必要だった言葉

そんなときに必要なのは、

正しいか、間違っているかを判断することではなかったのだと思います。


「辛かったね」

「批判されたように感じて、悲しかったんだね」

「苦しいね」

「やるせないね」


そんなふうに、自分の気持ちに寄り添ってみる。

すると、不思議なことに、

怒りの奥から別の感情が出てきます。

私の場合は、


「寂しい」


でした。


ああ。

私は怒っていたのではなくて、

本当は寂しかったのかもしれない。


そんなことに気づきました。


◇ 怒りの奥にあった孤独

「私は間違っていない!」

と頭の中で戦っているとき、

私は孤独でした。


「相手の方がおかしい!」

と怒っているときも、

私は孤独でした。


「私の何が悪かったんだろう?」

と自分を責めているときも、

やっぱり私は一人でした。


誰にもわかってもらえない。

誰も自分の側にいてくれない。

そんな孤独があったのだと思います。


でも、その孤独にさえ、

私は気づいていませんでした。


なぜなら、

自分の感情を感じる前に、

相手の気持ちを推測していたからです。


「あの人は私をどう思っている?」

「なぜあんなことを言った?」

「私を嫌っている?」

「私を批判している?」


ずっと相手を見ていた。

だから、

自分の中にいる寂しい自分が見えなかったのです。


◇ 自分が自分のそばにいる

「寂しい」

という気持ちが出てきたとき、

私はその気持ちに、

「本当に寂しかったね」

と言ってみました。


「寂しいね」

「誰もいないような感じがするんだね」


そうやって、自分の気持ちのそばにいる。

すると、

不思議な感覚になりました。


ああ。

自分のそばには、自分がいられるんだ。

そんな当たり前のことに、初めて気づいたような感じでした。


◇ セルフネグレクトから解放される瞬間

セルフネグレクトとは、

自分を大切にしないことです。


でも、それは生活を乱すことや、自分の身体を放置することだけではないのかもしれません。


悲しんでいる自分を放置して、

相手の気持ちばかり考える。


寂しがっている自分を置き去りにして、

頭の中で相手と戦い続ける。


苦しんでいる自分に寄り添わず、

「お前にも悪いところがあるんじゃないか」

と取り調べを始める。


それもまた、自分の心に対するネグレクトなのかもしれません。


◇ 一筋の光

「私のことを批判しているんじゃないか」

そう思って、考えが止まらなくなったとき。


相手の真意を解明しようとする前に、

少しだけ自分に問いかけてみます。


「私は今、何を感じている?」


悲しい。

苦しい。

やるせない。

そして、

寂しい。


その気持ちが出てきたら、

「寂しかったね」

と、自分がそばにいてあげる。


誰かが自分を理解してくれるのを待つ前に、

まず、自分が自分の感情を置き去りにしない。


その瞬間、

ずっと真っ暗だった世界に、

ほんの一筋の光が差し込んでくるような気がします。


セルフネグレクトから解放されるというのは、

自分を好きになることでも、

強くなることでもないのかもしれません。


苦しんでいる自分を、もう一人にしないこと。


そこから、本来の自分に戻る道が始まっていくのだと思います。