こんにちは。

今日も無意識の旅を始めていきます。


今回から、ちょっと新しいシリーズに入ります。

セルフネグレクトの「呪文シリーズ」です。


これまで私は、

「私は、誰からも理解されない苦痛をずっと抱えてきた」

という言葉を使ってきました。


これはこれで、私はとても気に入っています。


ただ、

「ちょっと長い」

という声もいただきました。


さらに、

「セルフネグレクトのタイプごとに、もっと短い呪文があったら面白い」

というリクエストもいただきました。


なるほど。

それは面白い。


ということで、セルフネグレクト8タイプに合わせた「呪文」を考えてみることにしました。


最初は、

「完璧待ちタイプ」

です。


◇「ちゃんとできるようになったら始めよう」

完璧待ちタイプは、

「ちゃんと整ってから始めよう」

と思います。


時間ができたら。

部屋が片づいたら。

体調がよくなったら。

頭がすっきりしたら。

仕事が落ち着いたら。


全部条件が整ったら、やろう。


一見、とても真面目です。


ところが、その「全部整った日」が、いつまで待ってもやってきません

そして、やりたいことがどんどん先送りされていきます。


気がついたら、

自分自身をずっと待たせている。


これが「完璧待ちタイプ」のセルフネグレクトです。


◇ 本も「完璧に理解してから」と思ってしまう

私は本を読むときにも、これをやります。


せっかく読むのだから、ちゃんと理解したい。

最初から最後まできちんと読みたい。

内容を頭に入れたい。


ところが、途中で理解できないところが出てくる。


すると、

「今日は頭に入らないから、また今度」

となります。


そして本を閉じる。


別の本も同じです。


結果として、本棚には「いつかちゃんと読む本」が積み上がっていきます。

いわゆる積読ですね。


完璧に読もうとするほど、何も読めなくなってしまう。

面白いものです。


◇ そこで呪文は「落ち穂拾い」

そんな完璧待ちタイプの呪文として浮かんできたのが、


「落ち穂拾い」


でした。


これは、なかなかいい言葉だなと思います。


落ち穂拾い。


全部収穫しようとしなくていい。

畑を自分で耕さなくてもいい。

目の前に落ちている一粒を拾えばいい。


なんだか、それだけで肩の力が抜けます。


◇ ルツも、ただ落ち穂を拾っていた

「落ち穂拾い」と聞くと、私は旧約聖書の『ルツ記』を思い出します。

ルツは夫を亡くし、姑のナオミと一緒に暮らしていました。

生活は楽ではありません。


そこでルツは、畑へ行って、収穫のあとに残された穂を拾います。


落ち穂拾いです。


畑の持ち主はボアズという男性でした。


ボアズは、ルツが姑を大切にしていることを知ります。


そして働く人たちに、

ルツが拾いやすいように、穂を余分に残してやるよう配慮します。


ルツはただ、

目の前にある穂を一つずつ拾っていました。


壮大な人生計画を立てていたわけではありません。


「歴史に名前を残そう」

と思っていたわけでもありません。


ただ、その日を生きるために、

一つずつ落ち穂を拾っていた。


ところが物語は、その人の想像を超えて展開していきます。


やがてルツはボアズと結婚し、その家系はダビデへ、そしてキリスト教の系譜ではイエスへとつながっていきます。


「ただ落ち穂を拾っていただけなのに」


と思うと、私はなんだか面白くなります。


◇ ミレーの『落穂拾い』

「落ち穂拾い」と聞けば、ミレーの有名な絵を思い浮かべる人も多いでしょう。

腰を曲げて、畑に残された穂を一つずつ拾っている女性たち。


あの絵が直接『ルツ記』のルツを描いた作品というわけではありません。


それでも私は、あの絵を見るとルツを思い出します。


大きなことをしているようには見えません。


一粒。

また一粒。

ただ拾っている。


でも、その一粒一粒が、その人の生活を支えています。


◇ 全部理解しなくてもいい

本を読むときも同じです。


一冊すべてを理解しようとしなくてもいい。


一行だけ、

「おお、これ面白いな」

と思えればいい。


今日、一つだけ拾う。

明日、また一つ拾う。

わからないところは、そのままでいい。


だって、落ち穂拾いなのですから。


畑にある麦を全部、自分のものにしなくていい。

今の自分に必要な一粒だけ拾えばいい。


そう思って本を読んでいると、

「理解しなければ」

という緊張がなくなっていきます。


すると不思議なことに、以前よりも内容が入ってきたりします。


◇ 無意識がちゃんと拾ってくれる

「落ち穂拾い」

と唱えながら読んでいると、


私は、

「ああ、全部理解しなくてもいいんだ」

と思えるようになります。


自分で全部回収しなくてもいい。

意識が取りこぼしたものは、無意識が拾ってくれるかもしれない。


今日拾えなかったものは、必要になったときにまた出会えるかもしれない。


そう思うと、とても楽になります。


完璧に理解しなくていい。

完璧に準備しなくていい。

完璧な自分にならなくていい。


ただ、

目の前にある一粒を拾えばいい。


◇ 小さなことをしているだけなのに

セルフネグレクトから抜け出すというと、

人生を大きく変えなければならないように感じます。


部屋を全部片づける。

生活習慣を全部変える。

自分を完全に大切にできる人になる。


でも、それこそ完璧待ちタイプの罠です。


そんなことをしなくてもいい。


机の上のゴミを一つ捨てる。

積んである本を一ページ読む。

水を一杯飲む。

少し早く布団に入る。

好きな音楽を一曲聴く。


一粒でいいのです。


その一粒が、どこにつながっていくかは、今の自分にはわかりません。


ルツだって、落ち穂を拾っているときに、自分がどんな未来へつながっていくのか知らなかったはずです。


◇ 今日の呪文は「落ち穂拾い」

だから、

「ちゃんとできるようになってから」

と思ったとき。


「全部理解してから」

と思ったとき。


「条件が整ってから」

と思ったとき。


心の中で、


「落ち穂拾い」


と唱えてみます。


全部やらなくていい。


今ここにある一粒だけ拾えばいい。


そうすると、セルフネグレクトで止まっていた時間が、ほんの少し動き始めます。


小さな一粒を拾うことが、

思いもしなかった豊かな未来へつながっていく。


無意識は、案外そんなふうに私たちを運んでくれるのかもしれません。


また無意識の旅でお会いしましょう。