はい、今日も無意識の旅を始めていきます。


昨日の夜、不思議な夢を見ました。


私はタクシーに乗っているんですね。

そして、運転手さんに、

「病院で、がんの宣告を受けちゃったんだよね」と話そうとしている。


夢の中の私は、がんを宣告されたんです。


普通だったら、

「え? がん?」

「これからどうなるの?」

「死ぬの?」

となりそうなものですよね。


ところが、夢の中の私はそんなことを考えていない。

「このタクシーの運転手さん、病院から乗ってくる人をたくさん乗せているだろうから、こういう話を聞き慣れているんだろうな」


とか、

「私がこんな話をしたら、この人はどういう反応をするんだろう?」


とか、そんなことばっかり考えているんです。


目が覚めて、

「うわあ、これ面白い!」

と思いました。


自分ががんを宣告されたという衝撃よりも、


それを聞いた相手がどう思うかを考えている。


自分の感覚が、

見事にそこから消えているんですよね。


人の気持ちを考えると、自分から離れていく


これって、

普段の生活でも同じなのかもしれません。


「あの人はどう思ったんだろう?」

「私の言い方、まずかったかな?」

「あんなことをしたら嫌われるかな?」

「これは正しいのかな?」

「間違っているのかな?」

と考える。


相手の気持ちを考えているから、

一見すると、

ものすごく思いやりのある人に見える。


でも、

その瞬間、


私は何を感じているの?


ということが消えているんですよね。


相手のことを考えれば考えるほど、

自分の感覚から離れていく。


私はこれまで、

これを「ショックを感じたくないからなんだろう」と思っていました。


でも、

もしかすると違うのかもしれない。


もちろん、これは私自身のナラティブです。


私の場合、

もっとその奥に、


「存在の罪悪感」


という痛みがあるのかもしれない。


「私はいらない」という痛み


「私は大した存在ではない」

「私なんていなくてもいい」

「私は必要のない存在」


自分では、

平気でそんなことを考えられるんですよね。


ところが、

他人からそれを突きつけられたように感じた瞬間、

ものすごく腹が立つ。


「なんでそんな扱いをするんだ!」

「どうして私をそんなふうに扱えるんだ!」

となる。


これ、

面白いですよね。


自分では、

「私なんて大したことない」

と言っている。


だったら、

人からそう扱われても平気なはずなのに、

ものすごく痛い。


そして、

ものすごく怒る。


ということは、

そこに、


触れられたくない痛みがある


ということなのかもしれません。


「私はここにいてはいけない」

「生きていて申し訳ない」

という、

存在そのものにまつわる痛み。


そこを人から触られると、

ものすごく痛い。


だから普段から、

人の気持ちを考える。

相手が自分をどう思っているのかを考える。

正しいか、間違っているかを考える。


そして、

その思考の中にいることで、

自分の感覚から離れていく。


もしかすると私は、

自分の感覚から逃げていたのではなくて、


その奥にある痛みから自分を守っていた


のかもしれません。


そう考えると、

夢の中の自分が、

なんだかとても愛おしく見えてきます。


がんを宣告されたというのに、

自分のショックを感じるより先に、

タクシーの運転手さんの気持ちを考えている。


そこまでして、

自分を守ってきたのかもしれない。


そこで「融合」


だから、

人の気持ちを考えることを、

無理にやめなくてもいい。


「また人のことを考えてる!」

と自分を責める必要もない。


自分の感覚に戻ろうと、

頑張る必要もない。


痛みを克服しようとする必要もない。


ただ、

融合。


相手の気持ちを考えている私も、

融合。

正しいか間違っているかを考えている私も、

融合。

「私はいらない存在だ」と思っている私も、

融合。

それを人から突きつけられて、

「ふざけるな!」

と怒っている私も、

融合。

痛くてたまらない私も、

融合。


どちらが正しいとか、

どちらを消すとかではなくて、

全部、

無意識に委ねて、

融合してもらう。


タクシーを降りる


そう考えていたら、

夢の続きが浮かんでくるんですよね。


私は、

タクシーの中にいる。


運転手さんが、

私をどう思うのかを考えている。


運転手さんがどんな顔をするのか。

何と答えるのか。

私の話を迷惑だと思わないだろうか。

そんなことを、

ずっと考えている。


でも、

融合。

と唱えてみる。


すると、

もう運転手さんがどう思うかなんて、

考えなくていい。


正しい道を走っているのかも、

考えなくていい。


私は、

タクシーを降りる。

そして、

自分の足で走り始める。


どこへ行くのかも、

よくわからない。


正しい方向なのか、

間違った方向なのかも、

わからない。


でも、

そんなことはどうでもいい。

なぜなら、

無意識が一緒に走っているから。

「あっちだ!」

と無意識が走っていく。


私は、

その後を走っていく。

考えないで、

ただ走っていく。


すると、

これまで人の気持ちを考えるために使っていたエネルギーも、

正しいか間違っているかを考えるために使っていたエネルギーも、

存在の罪悪感の痛みから自分を守るために使っていたエネルギーも、

全部、

私を前へ運ぶ力に変わっていく。


融合。


痛みをなくすのではなく、

痛みさえも無意識に返していく。


そして、

私はタクシーを降りて、

自分の足で走り出す。

どこへ向かうのかは、

まだ知らない。


でも、

知らなくてもいい。


無意識と一緒に走っている。

それだけで、

なんだか楽しい。


また楽しみにしています。