今日も無意識の旅を始めていきます。


今日は、「パラレルワールドのナラティブ」

ということを書いてみたいと思います。


明日、セミナーがあるんですね。

そのために一生懸命資料を作りました。23ページぐらいかな。

「おお、なかなかいいじゃん!」と思っています。


ところが、セミナーが近づいてくると、

頭の中に次から次へと未来が見えてくるんですよね。


まず、一生懸命作った資料を、

「どや!」と出す。

ところが、参加者がシーン……。


完全にドン引き。


「え? 何これ?」みたいな空気になっている。

うわー!なんのために23ページも作ったんじゃ!という未来。


次に見えてくるのは、

セミナーの途中で、「あれ?」となっている私。

「次、何やるんだっけ?」

手順が全部飛んでしまって、頭が真っ白。

参加者全員が私を見ている。うわー!


そして、さらに別の未来も見えてくる。

参加者が、ものすごく優秀なんです。


予定していたことがあっという間に終わってしまう。


「あれ?」「もうやることないんだけど……」

時計を見る。まだ時間がたっぷり残っている。


「みなさん、すみません……」と罪悪感でいっぱいになっている私。うわー!


三つしか書いていませんけど、

実際には、こんな未来が次から次へと出てくるわけです。


◇「考えすぎ」と言われるけれど・・・

こういう話をすると、

普通は、「考えすぎですよ」と言われます。


「まだ起きてもいないことを心配しても仕方がない」

とか、「不幸を先取りしているだけですよ」とか。


確かにその通りなのかもしれない。


でも、「考えないようにしよう」と思ったところで、考えちゃうんですよね。


「大丈夫、大丈夫!」とポジティブに考えようとしても、

頭の片隅から、「いやいや、失敗するかもしれないぞ」と出てくる。


だったら、追い払わなくてもいいんじゃない?


そこで登場するのが、パラレルワールドのナラティブなんです。


◇ その未来は、もう別の世界にある

「セミナーで大失敗する私」が浮かんできた。

だったらそれを、「私の不安」と考えなくてもいい。


もしかすると、たくさん存在している時間軸の一つを、

私はちらっと覗いているだけなのかもしれない。


ある時間軸では、資料を出した瞬間、参加者がドン引きしている。

別の時間軸では、私は頭が真っ白になって固まっている。

さらに別の時間軸では、参加者が優秀すぎてやることがなくなって困っている。


そして、また別の時間軸では、みんなで大笑いしながら、

ものすごく楽しいセミナーをやっているかもしれない。


もちろん、これは物理学としてパラレルワールドの存在を主張しているわけではありません。


あくまでも、無意識のためのナラティブ。

そういう「物語」として考えてみるんです。


すると、ちょっと面白くなる。

「ああ、失敗する未来が見えちゃった!」ではなくて、

「おお!別時間軸につながった!」となる。


◇ 失敗する私も、存在していていい

ここが大切なんですよね。


失敗する未来を消さなくてもいい。

セミナーでどしらけになる私もいていい。

頭が真っ白になる私も、いていい。

参加者に申し訳なくて、小さくなっている私もいていい。


そして、ものすごく楽しくやっている私もいていい。


全部、存在していていい。


そう考えると、「絶対に失敗してはいけない!」

という興奮が少しずつ静まってくる。


なぜなら、失敗する未来を排除する必要がなくなるから。


失敗してもいい。成功してもいい。どの時間軸もあっていい。

そうすると、正しい未来を自分で選ばなければならない、

という責任から少し自由になる。


◇「どれを選ぶ?」も無意識に任せる

そこで、「じゃあ成功する時間軸を選ぼう!」となったら、

また意識が頑張り始めるんですよね。


「成功する私をイメージしなきゃ!」「いい未来を引き寄せなきゃ!」となる。


いやいや。それも、疲れるんです。

だから、それすらしなくていい。


どの未来を選ぶのかも、無意識に委ねる。


失敗する未来が見えたら、「おお、こんな時間軸もあるんだ」。それだけ。

また別の失敗が浮かんできたら、「こっちもあるんだ」。それだけ。


すると、「未来をコントロールしなければならない私」が、だんだん静かになっていく。


◇ パラレルワールドにつながっている私ってすげえ

嫌な未来が浮かんできたとき、「また不安になってる!」と責めなくていい。

「どうして私はいつもネガティブなんだ!」とダメ出ししなくてもいい。


むしろ、「パラレルワールドにつながっている私ってすげえ!」ぐらいでいい。


こんな未来も見える。あんな未来も見える。

私の脳は、ものすごい数の物語を作ることができる。


私ってすげえ!


そうやって、浮かんできた未来を否定しなくなると、興奮が静まってくる。

そして興奮が静まると、目の前のことが見えてくる。


「あ、ここをちょっと直しておこう」「あ、これは別にいらないな」

「まあ、明日はこれでいいか」


未来ではなく、今に戻ってくる。


◇ 未来を背負わなくていい

考えてみれば、まだ起きてもいない失敗まで、私は一生懸命背負っていたんですよね。

明日の失敗。来週の失敗。一年後の失敗。


まだ存在していないものまで、全部、今の私が背負っている。


そりゃ、重たいわけです。


でも、パラレルワールドだと思ってみる。


するとその失敗は、私が今背負わなくてもいい。

その時間軸の私に、任せておけばいい。

「あっちの私、よろしく!」みたいな。


そして今ここにいる私は、今ここにあるものを楽しむ。それだけでいい。


◇ どの未来もあっていい

成功する私。失敗する私。頭が真っ白になる私。

みんなと笑っている私。申し訳なくなっている私。


全部いていい。


全部の未来を許したとき、

不思議と、「どの未来を選ばなければならない」、という力みがなくなっていく。

そして、気持ちいい方向が見えてくる。

そちらへ、淡々と進んでいく。


それが、「無意識に委ねる」ということなのかもしれません。


未来を予測して正解を選び取るのではなくて、

ありとあらゆる未来を、「あっていい」と眺めてみる。


そして、選択は無意識に任せる。


すると、未来を背負っていた力が「今を生きる力」として戻ってくる。


明日のセミナーがどうなるのか。私にはわかりません。

でも、わからなくていい。


「パラレルワールドにつながっている私ってすげえ!」

そして、どの世界へ向かうのかは無意識に任せてみる。


そう思ったら、明日がちょっと楽しみになってくるんですよね。


また楽しみにしています。