本当はギフテッド教育の締めとして「愛」のことを書きたかったんですよね。 でも、私の無意識が最後の締めをあのような形で描いてくださった。 

そうなのよね、意識的な説明よりも、催眠スクリプトの無意識的なアプローチの方がより美しいのかもしれません。

でも、せっかくだから、おまけとしてここにちょっとだけ「愛」のことを書いちゃいます。

 

これまでの本やこのブログの中での「愛」の説明はギリシャ語で「ストルゲー(家族愛)」、「エロス(性愛)」、「フィーリア(隣人愛)」、「アガペー(真の愛)」を使ってきました。

この「愛」のことを最新の脳科学で見てみると「推測脳(側頭頭頂接合部TPJ)」を使っているのか、それとも「共感脳(全外側前頭葉)」を使っているのかで考えてみると面白いことが見えてきます。

イエスは「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、主なるあなたの神を愛せよ」と言っていて、一般の人からしたら「はぁ?何を言っているの? 見えない神をどうやって愛するの?」となるわけです。

でも、この言葉の後に「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」とイエスは言っています。

私はキリスト教の家庭で育ち、キリスト教系の学校に行っていたときは「あなたの敵を愛せよ!」とイエスが言っている、と教えられて「敵なんて愛せないやんけ!」とツッコミを入れたくなっていました。 そもそも醜くて勉強も何もできない自分を愛することなんてできないじゃん!と思ってしまうわけです。 


実はイエスが「自分を愛するように」と言っていることに、ものすごい大切な意味があります。 

「自分を愛するように」というのは「共感脳を使え!」ってことなのよね。 イエスの「愛」の定義が「あの人はこう愛したら喜ぶかな?」と推測脳を使っての「愛」ではなくて、共感脳を使うことが「愛」になっているわけです。 もし、共感脳が愛の定義だとしたら「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、主なるあなたの神を愛せよ」というイエスのメッセージは「自分をとことん愛して愛のエキスパートになれ!」ということを言っているわけであって、見えない神に愛してつくせ、というわけではないのよね(これを中世時代に言ってまったら炎上する〜!リアルで)。


ギフテッドの方達は「矛盾アレルギーがある」という特徴があることをこれまで書いていました。

もし、ギフテッドの周辺の人たちが推測脳を使って愛した場合、ギフテッドの人は「矛盾アレルギーの症状がひどくなる!」ってなってしまいます。 

推測脳を使って愛を実践した場合「この人はこうして欲しいのかな」と推測して「相手のために」ということをやるけど、ギフテッドの人との知能の高低差があったら「やってもらって全然嬉しくない!」ってなるでしょ。 知能の高低差があればあるほど、推測脳の愛をやられたら「余計なお世話!」っていう反応になる。


すると、推測脳の愛を実践している側は「どうしてこんなにあなたのことを思っているのにあなたはちっとも感謝しない!」って苛立ってぶちぎれるわけです。

「あなたのことを愛している」と言いながら「どうして感謝しない!」ってブチギレられる、って大いなる矛盾ですよね。 それをギフテッドの人が乳幼児期にやられることで、見捨てられ不安脳のGABA受容体がダウンレギュレーションを起こして、興奮がおさまらずに「みんな敵!」って認識になってしまう。 それこそ「愛」なんて全く感じられない状態になってしまいます。

 

さらには「愛」が感じられないのに「愛してくれているはず」とギフテッドの子は我慢してしまうと、それによってGABA受容体はさらにダウンレギュレーションを起こしてしまって「外に出るのが怖い!」ってなる。 周囲の人たちは「どうしてこんなにあなたのことを愛しているのに!あなたはそんなに怯えているの?」ってギフテッドの人の中に怒っている原因が自分であることなんて認識できないのよね。 矛盾で愛を感じられなければ孤独脳が活発になって「もしかしたら愛してもらえるかも」と期待脳も働いて、愛がない人に愛を求める、ということがやめられなくなる。

そこから抜け出すために「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」が元になっている「ライバルは私」が必要になるんです。 


ここを深掘りすると、もっと面白いことが見えてくるんですけど、無意識さんの世界では「ライバルは私」とか「そこに美しさを見出す」という呪文だけでいい、というのよね。

そう、意識的な説明だと推測脳が活発になるけど、呪文のような無意識的なものだと「共感脳が活発になる!」ってなるから。


催眠のお師匠さんの催眠スクリプトは全部、推測脳を鎮めて共感脳を働かせる効果があったんです。